情熱で飯は食える

俺達は繋がるべくして繋がった。そんな出会いのために書いてます。お問い合わせは画面右下にあるメッセンジャーマークから。

(自由研究)新しい活躍場所の作り方

めちゃ早えー、オーストラリアに戻ってからもう5ヶ月、、、、

今回はちょっとサッカーにはあまり関係のない話なんだけど、実は最近、というか2017年に入ったあたりから、『今年あたりから自分で仕事を始めたい』というような相談を本当に数多くもらう様になった。

自分が大学を出た頃はこんなことを言う人はほぼ皆無だっ たように思うけど、最近は何か新しい挑戦を始めようと言う人が増えてきた。ってことか。

こういった相談に答えることはもちろん海外からでも可能だから、喜んで相談に乗るわけだけど、メッセージや通話だけじゃなく、この相談に対する回答のいくつかを文章に まとめて出しておけば、結構色々な人の役に立つんじゃないか? と、今回はそんな 思いつきから『新たな活躍場所の作り方』というテーマで作文を書いてみた。

テーマを『新たな活躍場所の作り方』としたのは、商売に限った内容に限定したくなかったから。俺は何か個人活動を始めることの一番のメリットは、自分の活躍場所ができる事だと思っていて、『自分の才能を試してみたい、自分の能力を他者のために役立たせたい』と思い立った人全員を応援できる様、少し幅を広げて書いてみた。

 

新しい活躍場所の作り方http://challengerscity.net/wp-content/uploads/2018/08/782018.pdf

 
今日はこれだけ、自分の経験や知識をこうやって文章に起こすことは海外からでもできるから、これからちょいちょいこんな記事をアップしてみようと思うので、よろしく!

世界一努力し甲斐のあるスポーツ‘‘サッカー’’

相対的に技術の高い選手は試合でも高い確率で活躍できるのか?と言うと、決してそんなことは無い。練習ではぶっちぎりのパフォーマンスを披露している選手が、ゲームになると消えてしまう。そんな事例は長い間サッカーをプレーしていれば沢山目の当たりにするわけで。それと同じように、練習では下手くそなのに、試合になるとやたらと目立つ選手と出会う事も、また珍しい事じゃない。

で、今回はこの‘‘下手なのに試合で目立つ選手’’に言及しようと思うのだけれど、こういったタイプの選手は、日本と比べ外国のリーグの方が圧倒的に多いように感じる。その理由は、『ゲームの中で目立った選手に声をかける』といった、日本では上位リーグでしか行われない入団方法が、どこのカテゴリーでも一般的なためなんじゃないか。練習参加ではなく、『まずは試合ありき』となれば、『下手だけど使える選手』にも沢山のチャンスが巡ってくる。

ここオーストラリアで、沢山の『下手なのに頼もしい選手』に遭遇した事で、試合で活躍する手段なんて、本当に何通りでも存在するのだな。という事を、沢山の実例を目の当たりにしながら学ぶ事ができた。



試合で活躍する選手に共通点はあるのだろうか。

それじゃあ、試合で活躍するために必要な要素として、何か要(かなめ)となる要素は無いのだろうか?そんな事を考えながら、様々な試合を分析し、活躍する選手の共通部分を探す事も、結構長時間をかけてやってきた。

その一つの答え(もちろん暫定的な)として、技術が高い選手、低い選手、身体の大きな選手、小さな選手、などなど、選手には様々な特徴があるけど、試合で活躍している選手には共通して、他の選手と比べ、身体的コンディションが周囲を圧倒している場合が多いと言う事がある。

‘‘コンディション’’とは少し抽象的な表現になるけど、ここでは今日発揮できる身体能力という解釈で大きな違いはない。相手選手と比較してどれだけ早く動けるか、どれだけ走り回れるか、どれだけ戦えるか、ここの部分がゲームに出場している選手の中で明らかに上位者であれば、‘‘技術的な下手さ’’というのはかなりのレベルまでカバーされる。

一対一で対峙した際、相手より息が上がっていないか?全力でプレスをかけ続けられるか?相手ディフェンダーが『めんどくさい』と思えるほど動き出しを繰り返せるか?

ある程度のボールコントロールミスがあったとしても、ここをしっかり抑えていれば活躍し所はたくさん訪れる。ここに気づいた時、同時にこうも思った。下手くそが生き残る道はここしか無い、自分はここを追求せねば。と。


‘‘今日発揮できる身体能力’’の正体

コンディションを『今日発揮できる身体能力』と定義したけど、これらは地道なトレーニングで伸ばしていく‘‘限界値‘‘と、今、限界値の何パーセントを発揮できる状態にあるのか?の‘‘準備’’という2つの要素に分ける事ができる。一つ一つの要素は次の様なイメージだ。

準備✖️限界値=今日発揮できる身体能力

 限界値と準備、この二つの要素の総合値が、試合で活躍するために必要とされる‘‘コンディション’’の正体で、ここを高めていか無い事には、どれだけ技術が高い選手であっても90分を通して高いパフォーマンスを維持する事は難しい。逆に、フィールドに立つ22人中、この部分が明らかな上位者であるならば、ある程度技術の乏しい選手でも、大活躍は十分に期待できる。


身体能力は才能だと思ってないか?

こう言ったことを書くと、『限界値』の部分については極めて生まれつきの要素が多いため、結局才能次第という事なのでは?という印象を持つ人も多いと思う。しかし、全くそんな事は無いという事が、様々な実験を繰り返す事でわかってきた。生まれ持った才能は、大人になってからでも手を加える事ができる。

マネできない動き、マネできないプレーには、必ず自らの身体的特徴に原因が隠されている。とても真似でき無いスーパープレーを、『奴は天才だ』と才能のせいにする事は、競技者としての可能性に蓋をするだけ。一見『天才』と片付けてしまいたくなる動きも、実は身体を作り変える事で獲得できるモノが数多く存在する。

遅筋で生まれた身体を速筋繊維にする事はできないが、自身の遅筋を速筋寄りの性質に作りに変える事はできる。生まれ持った硬い身体も、トレーニングによって柔軟性を獲得する事ができる。

それに、サッカーは陸上選手より早く走る必要は無いし、アメフト選手にパワーで勝つ必要も無い。もちろん、持久走でマラソンランナーに勝つ必要も。サッカーは超無数に存在する要素の複合体で勝負が決する。さっき述べた身体的コンディションも、本当に様々な作り方が考えられる。

だから、チビに生まれたら相当キツイバスケや、黒人ってだけで有利な陸上短距離と比べ、極端に重要な一つの能力と言うモノが存在しないサッカーは、世界で一番努力でなんとかできる領域の大きいスポーツなんじゃないか?研究と努力によって、多くの必要材料を獲得する事ができる。本当に努力のし甲斐のある競技。

現在30歳、自分の限界は何処にあるのだろう?と日々思うけど、こんな世界一努力のし甲斐のあるスポーツのせいで、今でもまだまだ成長の可能性を感じる。競技への情熱が消える事は無さそうだ。

3年の怪我から復帰した今シーズン、どれだけ成長できるか、自分の限界をさらに更新したい。

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さぁ。ずっとこの時を待っていた。

長年苦しんだ怪我がようやく完治し、今月からオーストラリアで現役復帰した。

ようやく、やっとこの時が来た。

日本に滞在していた2年半、再び本気でサッカーをプレイできる自分を想像し、全力でその姿を追い続けてきた。こっちに戻ってすぐ古巣チームの練習に参加した時、

『俺はまた、ここに立つ事ができているのか』

と、これまでの人生でもっとも困難な夢を一つ達成する事ができた事に気づいた。そして先月約3年ぶりの公式戦、当然リザーブチームからのスタートだけど、なんとデビュー戦でゴールを決めることができた。

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全てはこの日のために積み重ねてきた3年間。やはりどんなに大きな障壁も、俺自身が戦いを辞めなければその多くを破壊し、乗り終える事が出来るらしい。

3年前、こんな記事を書いたのを覚えてるか?

ryotadohi.hateblo.jp


日本に帰国して治療に専念するって事を書いたわけだけど、それから3年間、俺はこの記事を書いた俺に『ほうら見ろ、お前はまたこうやってサッカーをやっている』と、それを証明するために動き続けてきた。

なぁ言った通りだろ。3年後のお前はまた本気でサッカーをしている。選手生命は余裕でかけねーというその言葉、本気なのはわかっていたし、その言葉を忘れた事は3年間1日たりとも無い。

8年間戦う事になる‘‘あの怪我’’をしたのは22歳の時、俺は選手として最も重要とされる20代を使い切った。でもそんな事はどうでもいい。なんたって俺は今再びサッカーができる身体に戻ったんだからな。

俺は今から、どれだけ上達できるだろう?

日本で立ち上げたチャレンジャーズシティでは沢山のサッカー小僧達と出会った。俺はいつも奴らに『ライバルだと思ってるから』と言っていたけど、これから、ようやくその言葉が嘘ではなかった事を証明できそうだ。

お前達はまだ10代かそれ以下の選手かもしれない。でも今ここでもう一つの予言をしておく。10年後、お前達がまだサッカーを続けていたなら、俺とお前達は必ず同じピッチに立ち、本気で戦っているはずだ。

お前達の伸び代は計り知れないが、負ける訳にはいかないな。次に会う時はどちらがどちらを驚かせるか?各々の日々を使い、全力で勝負をしようぜ。

久しぶりに戻ったサッカーという場所は、新しいライバルを得て3年前よりさらに楽しい場所になった。ここからやる事はただ一つ、いつも通り全力を尽くすのみ!

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『ボランティアが一番素晴らしい』というお花畑の住人


先週、毎年恒例のサンタプロジェクトの募集をスタートした際、問い合わせフォームから

『商売目的の宣伝活動だ、今すぐやめろ』

といった内容のメッセージが届いた。

そういえば昨年も『選挙に出る為の売名活動ならやめてください』なんてメッセージが来た気がする(笑)『ごめんなさい私投票所すらしりません』と丁寧に返しておいたけれど、このサンタプロジェクトに限らず、地域でボランティア的な活動をすると、度々こう言った人がコンタクトしてくる。

今回来た質問自体には、ツッコミどころが多すぎて何から回答しようと悩むけど、とりあえず『厚木の活動で利益を出してる活動は一個もねーから安心しろ』と言えば満足なのだろうか。

とはいうものの、あらゆる活動が‘‘ボランティア的’’になったのはあくまで結果論。別に『自腹でボランティア!』みたいな綺麗事をやってるつもりもさらさらないです。

と言うか、むしろ逆。

あらゆる活動に、もし本気で『長く続けていきたい』という信念があるならば、かけたお金は何らかの形で必ず回収しなければならない。それができなければ、如何なる信念、思入れのある活動であっても、その質はどんどん下がっていく。周囲を見渡せば、それはもうはっきりしてる。

『力無き良い人』は何も成すことができない

『無償の提供』を自称する活動は、世の中に腐る程あるわけだけど、自分は無償の提供を自称する活動の中に『価値ある活動だな』と思えるもを殆ど見たことが無い。

数年で消えるか、狙った成果を出せていない。そんな場合が殆どだ。

そうなる原因は明らかで、かけるべき所にはしっかりとお金をかけなければ、現実を知らない、お花畑に住んでいるような人達しか動かす事ができない。しっかりと組織内に使えるお金が無ければ、プロジェクトに関わる人材、スキル、継続力、全てが中途半端になる。

そんな組織からは、長期的に見て何かを成せる気配が全く漂わない。

何より、お金が動かない活動は、共通して個人の責任が問われにくい

そうなれば、企画が失敗しても不満や批判の声が出にくくなる。当然、当事者達はあらゆる選択に関して深く考えなくなっていく。

わかりやすい事例として、最近は

・被災地炊き出し
・子供食堂
・海外の子供支援(学校作りとか)

みたいなボランティアがかなり流行っているらしいけど、お花畑に住んでいる人達は、こういった表面的に見栄えの良いテーマばかりに手を出す。実際には何をしたら一番世の中の為になるのか?という‘‘実際には’’という部分をすっ飛ばして、印象の良いものばかりに飛びつく。

例えば、ある被災地へ旅費や食費、合わせて10万円を使って1週間ボランティアへ行こうとする前に、

まてよ。交通費の10万円寄付して、日給8000円のバイトを一週間すれば、トータル15万円以上現地に送れるな。俺が現地に行くより効率良いんじゃないか?


とか、流行りの子供食堂を開催する前に

人は月に100回食事を取るとして、そのうち一回(毎月開催!として)が栄養満点の飯になったとしても、子供達の健康に何か変わりがあるのだろうか?

とか、

あらゆる角度から『本当に良いのは何か?』と、考えを巡らせることをしない。定番型のボランティアに、疑いの目を向けようともしない。

つまり、‘‘傷口’’を手当てする様な解りやすい活動には積極的だが、そもそも傷を作らな為にはどうすれば良いのか?みたいな根本的かつ最も効果的な活動には見向きもしない。ということ。

これに『タダでやってるんだから』という適当さ、妥協も上乗せされる。

こーいう人が集まったところで、ほとんどの場合で自分達の活動資金すら調達することができない。そして、すぐにクラウドファンディングや地域からの支援など、お金をくれそうな場所を周り始める。(それらの仕組み自体は素晴らしいものだと思うけど)

そして5年後には消えている。

地域活動をしている方、周りはそんな事例ばかりじゃないですか?

社会に貢献したければ、『有能な良い人』を動かさねばならない。

世の中に本当に価値あるものを提供したいなら、『有能な良い人』の協力を得ることが絶対条件になる。言葉で表すのは簡単、しかし実際に有能な人達を集める難易度は非常に高い。

なぜなら、有能な人は既にあらゆる場所で活躍し、多くの責任を背負い、引く手数多だからだ。

そんな彼らの協力を得るには、確かな信念、隙の無い作戦、そして十分な活動資金が必要になる。組織の実力無くして、有能な人は動かない。本当に意味のある社会運動がしたいなら、ちゃんと金をかけろ。

話を戻すと

話を戻すと、『商売目的の宣伝活動だ、今すぐやめろ』という声には

『ボランティアが一番素晴らしい』というお花畑から卒業し、表に出てない部分にも目を向けろこのアホ。

と言うことになる。現在のところ、日本での活動は全て自分の持ち出しで運営しているけど、俺は『無償の提供こそ素晴らしい』という考えは全く持っていません。ボランティア的になっているのは、あくまで現段階での結果論です。

収益が出れば健全だが、出なかろうが辞めないけどね。というだけ。

というわけで、今後も『やりたい』と思ったことには全力の信念を持って取り組んで行きますが、一見ボランティアっぽい活動も、特に『無償』という形式にはこだわりません。

自分自身が『必要だ』と思ったことを淡々と、妥協せずにやっていく。こだわっているのはその部分のみです。

重要なのは、どうすれば思い描いた理想が最高の形で達成されるのか?突き進むべき道はこれだけ。


お前みたいな奴をいつも探しているぜ。

先日、熱海のスーパーで買い物をした際、レジの横に非常に違和感のある物体を目にした。それは、デカデカと『水素水』と書いてある飲料水の販売機だ。その販売機の前には一人のおばあさんがいる。

‘‘自称’’健康に良いと主張する水素水をコレでもかとペットボトルに詰め込んでいるおばあさんを見ると、

この光景を見て、ここのスーパーの店長は何を思うのか。と、そんなことを考えた。全く根拠のないエセ健康情報にのかって、売り上げをあげようとしている姿に何を思うのかと。いや、正確に言うと『こんな光景を見てもアホは何も感じねーんだろうな』くらには思ったかな。

商売とはそーいうもんだ。とか、
いちいち気にしていたらキリが無い。とか、

今までそういった意見は数多く耳にしたけど、自分はそーいうのもイチイチ気になるタイプだから薬局とかで『飲むだけで痩せます!』みたいなテープが流れてたりするだけで、定員さんに『なんでこのテープを流してるんですか?』と訪ねたくなる。

この人達は自分の店で『飲むだけで痩せる最終兵器!!!』なんて音が流れてて何も思わないのかだろうか?と。

この記事を書いてる間にもほら、違和感のある物体が目の前に現れた

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自分の勤めている会社がこんな広告打ってたら、2秒で会社辞めるけどな。最大2万円受け取る事が可能です!とかヤバイだろ。この金欲しい奴を釣ってる感じ、、、この広告作った担当者の感想が聴きたい。

こんな言葉がある。

地獄への道は善意で舗装されている。なんて言葉があるけど、良かれと思って毎日の仕事を頑張っていたのに、気がつけば世の中に対して有害な活動をしていた。なんて事は誰にでも起こりうる話。初めに例に挙げた水素水みたいな話なら、数えるのが不可能なほど世の中に溢れかえってる。正にいちいち気にしてたらキリが無い訳だけど、それでも俺はいちいち気にしながら自分の行動を決めていきたい。

自分のやるべき事、やりたい事を殆どの大人は言葉にする事ができない。でも、きっと初めからそうだった訳じゃ無いだろ?俺が高校の時なんかは、部活で皆んな『ああしたい、こうしたい』という自分の理想を多く語っていたし、毎週開催しているサッカースクールCCFの子供達なんかは、様々な行動から『こいつらサッカー上手くなりたいんだろうな』ってのがガッツリ伝わってくる。

不本意な活動にも違和感を覚えなくなるのは、大人になればなるほどって事。大人になり、自分の役割が増え忙しくなるほど、『そーいうもんだ』で片付けてしまうシーンが多くなる。

自分のご飯を食う”だけ”に必死になると(余裕がなくなると)、『何をしているか?』というのもは横に置いて、とりあえず認められるために仕事頑張ろう。になってしまう。どんな活動に加担しているかが見えなくなる。

本人は一生懸命だとしても、自分自身に胸を張れる仕事じゃ無いんだ。そりゃあどんなに頑張ってもストレスは減ら無いよな。誰であろうが、自分の信念を忘れきった瞬間からつまら無い人生の始まりだと思う。そんな人と時間を共有する機会があったとしても、俺自身はまじで『つまんねーな』と思う。

一緒にいて楽しい奴に年齢は関係ナシ!

最近、CCFのスタッフ同士で『自分らの同世代と一緒に遊ぶよりも、モチベの高い子供達と遊んでた方が楽しくねーか?』なんて議論をしていたけど、重要なのは世代じゃなく、自分がどうありたいのかを知り、日々それに向かっている人と一緒にいるのが楽しいって事。

俺はそんな人との出会いをいつも探しているし、気がつけばそんな人にばかり声をかけている。

そいえば今週、小学1年のリオが『強いボールを止められるようになりたいから、強いボールを蹴って欲しい』と頼みに来た。

(右からリオ、よしや)f:id:ryotadohi:20171029082738j:plain

その表情を見れば、大人が蹴る強いボールを”ピタリ”とトラップする未来の自分をイメージし、行動ている事がハッキリ伝わる。いいねぇリオ、そうなんだよ。

お前みたいな奴を俺はいつも探してるぜ。

そうリオに言いたくなった。年齢は関係無い、日々情熱の赴くままに走り続けてる奴は、いつも俺にくっそ楽しい時間を提供してくれる。



奴等と釣り行ってきた!

先日、最近よく来ている熱海にCCFの選手たちと一緒に釣りしに行ってきた。夏にはクワガタ捕まえに行ったり、カニ取りに行ったりしてたけど、県をまたいで遠征したのは多分初めてだったかな?

(熱海の海)f:id:ryotadohi:20171012154917j:plain

『たまにはサッカーを忘れて外遊びでもするか!』という流れで前日ライングループに投稿したところ、なんだかんだで20人くらいのメンバーに。

 

(松葉杖で熱海まで駆けつけた旬を含め、子供達は7人)

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(岩の隙間に潜むイワガニをゲットしたヨシヤとリオ)

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(4歳『そうた』の竿に大物が掛かった!)

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(誕生日にゲットした釣り竿。デビュー戦で早くも獲物をゲット!)

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(案外生き物にビビらないコウダイ)

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子供達と様々な活動をやることでわかってきたけど、やはりサッカーだけではとても発見できない様な子供の一面を見つける事ができる。『ヤツらの可能性を一つでも多く発見するために、様々なシーンを共有するのはめっちゃいい事だな!』と。

さぁ今度はこいつ等と何をしよう?サッカーだけじゃなく、企みは増えるばかり!






興味が尽きない事に取り組み続ければ、必ず良いモノができる。

働くという行為において、『情熱がある』というのは、なにを差し置いてもやはり最高の武器になると思ってる。どんな人でも持ち得る最高の強み。俺は全く器用な方ではないから、自分の情熱がある分野以外では仕事をしないと決めているんだ。

情熱があれば、約束した以上のモノを届ける事ができる。

そんな理由で、俺は飽きずに延々やっていられるような分野を仕事に選んでるから、結果的に普段から仕事がある日も無い日も同じようなことばかりやっている。例えばサッカースクールCCFは毎週金曜日に全体練習があるけど、だからと言って選手達と会う機会が週に一度というわじゃない。『今の奴らにはコレが必要だ!』と思い立ったら、金曜日以外にも積極的に奴らに声をかけ、すぐに実行に移す。

(ライングループに投稿すれば即座にイベントが始まる!)
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もはや趣味と仕事の区分が無いし、場合によっては『今から公園で練習しようぜ』と急遽始まる練習の方が、有料の全体練習よりも質の高いモノになる事だって珍しい事じゃない。どっちも全力、力の入れ方に変わりはナシ!

(座学を開いたり)f:id:ryotadohi:20171008124543j:plain

(時には一対一になる事も)
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もちろん、プライベートでの練習にもグラウンド代や照明代はかかる。でも、誰だって趣味には惜しみなく金をかけるものだろ?だから全くノープロブレム。それに、熱海まで釣りに出かけたり、駅前に飲みに行ったりする事と比べれば1000〜2000円のグラウンド代なんてタダみたいなもんだ。超経済的な趣味で、しかも喜んでくれる人がいる。さらには奴等に追加の成長機会を与える事が出来るかもしれない。こんな優雅な時間の使い方は無い。

情熱の注げるものを仕事にすると、お客さんに約束した以上のモノを提供できる確率が格段に上がると思ってる。いや、俺の場合は完全に自分の勝手でやってるから、『提供する』という表現すら微妙だな。言葉を正確にするなら、

遊んでもらっている。
って感覚だ。

子供はたった一回の練習や授業でも目に見える変化を見せてくれる。マジで一回で伸びる事が頻発する。やっててこんなに充実感を得られる活動も多くはない!間違いない、子供の教育に携わることは大人の最高の楽しみの一つ。だから子供を持つ人達に趣味を尋ねると、高い頻度で‘‘子育て’’がランクインしているんだろうな。

こうやって、俺としては完全に『趣味』の相手をしてもらってるつもりが、相手は『ありがたい』と言ってくれる。まさにwin-winってこーいう状態を言うんじゃないだろうか。

重要なのは日々のトンデモないモチベーション

win-winと言っても、チャレンジャーズシティはまだまだ発展途上で、『もっとああしたい、こうしたい』という部分は腐るほどある。でもいいんだ、熱き情熱を持っている以上、『今日で完成だ!』なんて満足する日は一生来無いのだから。大事なのは『これが出来たらマジでやべーな!!』という妄想を体現すべく、日々とんでもないモチベで仕事と向き合っている事。

そんな状態を維持できれば、『約束した以上のモノを届ける』なんてのは当たり前すぎる前提になるし、何より組織の雰囲気が良くなる。顔を合わせていない時でも『ふふ今週はどんな進化ができるか』と、それぞれに想像を巡らせてる事が伝わる。

考えてみれば、良いサービスの指標は、『どれくらい隙が無い商品か?』という完成度ではなく、『どんな態度で仕事に向き合っているか?』という精神的コンディションの方が大きな割合を締めるのかもしれない。俺達のモチベがすんごいレベルにある限り、そこに集まったお客さんはきっと『良いサービスである』と評価し、応援してくれる。

そんな気がしているから、大きな問題が立ちはだかる毎日でも、俺達は常に自分の仕事に自信や確信を持ち続ける事ができる。だから今日もやる事はただ一つ。『120%で向き合う!』という事だけ!

様々な問いに『自分なりの回答』を作る事ができるか?

先月、CCFの練習が雨でできなくなってしまったため、急遽室内での抜き打ち授業に変更となった。選手達を教室に入れ、『今日はサッカーについての勉強するぞー!』と授業を開始。


(愛甲小学校にて)f:id:ryotadohi:20170811165321p:plain
最初のテーマは『オフサイドルール』について。うちは約半数の選手がチームに所属していないため、ボールを蹴ることが好きでもルールについては疎いやつが多い。

普段の練習ならいいけど、外部のクラブと練習試合をやるような事があれば、当然サッカーのルールくらいしっかり頭に入っていなければいけない。だから、こういった機会を使ってしっかり選手達にはルールを覚えてもらわないとな。

今回はその第一回目となったわけだけど、こいつら理解早いな!!ということをすげー強く感じた。さすが日本の教育を受けているだけあって、説明を聞き、それを覚える”といった作業は全員申し分ない。俺なんかよりも入りが全然早いじゃないか。

 

第二の課題:アイツの武器は何か?

そんな感じで、オフサイドルールについての課題は早々とクリアした。まぁまぁやるな、じゃぁこの問いはどうかな?第二の課題へ行こう。

第二の課題は、CCFの二年生『ゆうと』の武器は何か?また課題は何か?といった質問に意見を述べる事。つまり、人によって答えが異なる問いへの挑戦だ。

(CCF2年のゆうと)
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”ゆうと”がうちのチームでさらに活躍するためには何が必要だと思う?ゆうとの武器と、これから取り組むべき課題を教えてくれ!

さっきのオフサイドの講義とは打って変わって、ちーん。。。。といった雰囲気が漂う。

静まり返った教室に、時折『ドリブルがうまい』とか、『キーパーがうまい』とか、猿でも思いつきそうな意見がポツポツ出るだけ。というよりも、、、

そもそも何を言えばいいのすらわからない。

全員がそんな顔をしていた。

やはりか(笑)こういった”答えが一つに決まらない問い”は、俺たちの世代もお前達も、変わらず苦手としているんだな。

もちろん、この現象を単に『授業に対する集中力が切れただけ』という見方もできる。でも、恐らくこのテーマを授業の最初に持ってきたとしても、結果は変わらなかっただろう。周りをキョロキョロ見てんじゃねー自分で考えろ!!!

法則を覚えて、当てはめる。

日本人は皆このやり方が超得意だ。でも、人によって意見が異なるような‘‘えが無数に存在し得る問い’’にははめっぽう弱い。具体的な導き方が用意されないと、何もできなくなってしまうんだ。それは世代にかかわらず日本全体に言えるとなんだな、と思った。

でも、考えてみてくれ。

どすうればレギュラーになれる?
どうすれば日々を楽しく生きていける?
あいつムカつくな。
睡眠時間足りねーな。
自分人はそんな進路が向いてるか?

人々の日常に立ちはだかる問いは、こんな答えが一つに決まらないモノばかりだ。ノウハウをなぞって通用するのなんて、せいぜい大学受験までだろう?

ヤフーの例を始め、『大学新卒』の価値が下がり続ける今後を考えれば、ノウハウを丁寧になぞる事しかできないのはもう何もできないのと同じだ。そんな大人は、現代では皆『無能である』というレッテルを貼られてるじゃないか。

にもかかわらず、日本の教育機関では未だに『今後も通用する素晴らしい教育モデルです』と言わんばかりに、せっせと昔の時代の生き方を教えているのを見ると、『おいおい90年代じゃねーんだぞ』と思う時がある。

サッカーするならボールを蹴る練習を。今の時代を生きるなら今の時代に合った準備、訓練をしなきゃいけない。例えばそのうちの一つに当たるのが、子供のうちから答えが一つに決まらない問いに慣れておく事だったりする。

試合で確認できた奴らの成長。

話はそれから2週間後、先週、スクールが始まって以来3回目となる練習試合があった。結果としてはCCF発足以来初勝利となる試合を含め、一日かけて行われた4試合全てに勝利したという、ちょっと出来過ぎな結果を得る事ができた。

チームに所属している選手が半分くらいのCCFにおいて、結構びっくりな試合展開、その場に居合わせた全員が『めちゃ強くなったな』という感想を持ったと思う。

この結果からもわかるように。選手達のサッカーを上達させる事自体はそんなに難しい事じゃない。それは、サッカーのスキルには『上手くなるためのルール』見たいなものが存在するからだ。そのルールから大きく外れる事をしなければ、大凡どんな練習をしたってある程度のスピードでの成長はほぼ約束される。

本当に難しいのは、サッカースクールというコミュニティの中で、選手達の自主性や考える力を育てる事。これは体系化されたトレーニングメソッドが存在しないため、常に俺たちはトライアンドエラーを繰り返し、少しづつ少しづつ前進させていかなけらばならない。

だから、先週の試合4戦全てを勝利した事よりも、俺自身としては試合の合間の休憩時間に選手達が自分たちで練習を始め、大人の指示を必要とせず休憩タイムの90分を充実させていた事の方が、遥かに喜ばしい出来事だった。

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奴らには今、自分で考え決断し、行動する力がどれほど備わってきているだろうか?俺の関心は日々そんな事ばかりなわけだけれど、今回の試合は『ふふなかなか成長してるじゃねーか』と、それを確認するいい機会になった。

サッカーでも、それ以外でも、選手達は全員日々、目に見える成長を見せてくれている。

さぁ今週は待ちに待った合宿もあるな。頭を切り替えて全力投球いこうぜ。

俺がヤツらに教えられる事。

 

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スポーツクラブや塾等、学校外の教育機関に求められる役割を自分なりの視点で書いてみました。俺自身、CCFを運営するにあたって超重要視しているテーマでもある。

子供達は学校で何を学んでいるか?

教育というのは、どこかに素晴らしい教育法が存在していて、それを『ただやっていれば良い』というものじゃないよな。

例えば遺伝×経験が人間の成長を左右するとするなら、この『経験』の部分は、寝ている時間以外全ての時間が当てはまる事になる。だから、どこかに素晴らしい塾があって、そこで毎週お勉強していれば皆ハッピー!なんて事はありえない。

理想を言えば、親、担任、塾の先生、部活の顧問など、その子の教育に関わる全員が情報を共有しあって、各機関で足りない部分を補い合う事ができれば最高だ。でも、現実問題としてそれは難しい。

だったら俺達にできることは、少しでも今子供達の置かれている環境について多くを学び、『これでは〜が足りないだろう』と自分なりの結論を持ち、それを子供達との向き合い方に反映させ続けることだけ。

特に、CCF(チャレンジャーズシティのサッカースクール)のような週に2時間しか時間が取れない教育期間の場合、教育における全てを網羅する事は絶対にできない。だからこそ、俺達は何を外部に任せ、何をCCFで教えていくのか?を明確にし、全体をデザインしていく作業が必要だ。

日本の教育機関に決定的に欠けているモノ

うちのCCFで言えば、例えば『言う事を聞く』『物事をしっかりと覚える』という学校で教えてもらえるであろう部分に関してはほとんどノータッチだ。

どこの学校であれ、塾であれ、宿題をサボれば怒られるだろうし、公式を覚えたり、漢字を覚えると言った暗記系も学校の得意分野だ(良い悪いは置いておいて)。それならCCFの教育で『暗記力』を鍛える部分が抜け落ちたとしても、普通に日本で生きてれば自然と身についていく。

しかし、それとは反対にどれほど偏差値の高い学校に行こうが、高額な塾に行こうが、ゼロから考える。ゼロから作る力を育んでくれる教育機関は殆どない。

例えば、CCFの選手に練習後、今日は強いシュートが打てたか?と問うと、『打てた』等の回答をすぐに得る事ができる。しかし、今日の練習はどうだった?と問うと、皆意見に困る事が多い。言葉に詰まってしまうんだ。

学校でもそう、例えば図工の時間に『ここに置いてある花を描こう』と言うと、皆よくペンが進む。しかし、紙とペンを渡して『なんでも良いから絵を描いてみよう』と言うと、多くの子のペンは止まってしまう。

こんな具合に、ある一定のルール下、条件下では答えを導く事ができるが、ルールが極めて少ない‘‘ゼロ状態からのスタート’’にはとことん弱い。

子供に限らず、
日本人全体に言える大きな弱点だ。

人生のロールモデルっぽいモノがあった昔の時代には、そこまで自分なりの回答を持たなくてもある程度楽しく生きていく事ができた。

テストで良い点を取る→良い学校に入る→そこで良い成績をとる→良い企業に入る。こんな具合に、誰かの言う事を忠実に再現することができれば、ある程度の安泰は約束されたわけだ。

でも、今の時代は全く違う。


時代がぽんぽん変わりすぎて最適な生き方も流動的、さらには『これがいい!』と言ってる奴が多すぎて、実際どれが一番良いのか全くわからない時代だ。

こんな『普遍的な正解』の無い時代を楽しく生きていくためには、やっぱり『どうすれば一番良いと思う?』みたいな身も蓋もない問いに、自分なりの答えを出し続けなければいけない。

『俺はこっちに行く』と、自分なりの答えと根拠を即座に探し出す力、それがここで言う‘‘ゼロから考える、ゼロから作る力’’になる。

ちなみに、この『俺はこっちに行く』と言った自分なりの回答は、迷わず出せる事が重要であって、『正しいかどうか?』といった‘‘精度’’はあまり重要じゃない。

重要なのは自分なりの根拠を持ち、自信を持って答えを出すこと。どんな道に進もうと、不安がっていて前に進め無い。それこそが最も不幸を呼ぶ。

 

自信満々で的を外したらどうするんだ!

 

 

一応こんな反論にも答えておくと、今後、それは極めて確率の低い話になるから、考慮する必要はないと思ってる。

なぜなら、今は『いかなる方法であっても、やり方次第では楽しく生きていける時代』になったから。

今後はアルバイトだろうが、正社員だろうが、フリーランスだろうが、どんな道に進もうが、『こっちだ!』と、立ち止まらず道を突き進み続ければ必ず楽しく生きていける。そんなステージまで必ず到達してしまう。

確かに、選んだ道次第で難易度に差は出る。しかし、それはもはやどうでもいい。

全ての道には『やり方次第で達成可能』の看板が立ったから。

だから、自分の信じる道を自信満々で突き進み、道を間違うリスクは、どんどん少なくなっていく。最も重要なのは、周囲がどっちを向いてようが、自分で考え、決定し、行動すること。

そのスタート地点になるのが、全ての『どうすれば良い?』という身も蓋もない問いに、自分なりの答えと根拠を見つけ続けること。

まさにゼロから考え、ゼロから作る力が必要だ。

ゼロから考え、ゼロから作る力はどうやって養うか?

じゃあ、実際にどうやったらその力が育まれるのか?

それは、あらゆる問題に対して、できるだけスタート段階から子供達にやらせる事だと思ってる。

例えば『ライオンの絵を描け』という課題を子供達に出すとする。当然、モデルを『ライオン』と限定しているわけだから、子供達は上手かろうが下手かろうがとりあえずライオンらしきモノをそこに描くだろう。

では次に、『動物をかけ!』と言ったらどうだろう?指示には一つ具体性がかけた、この指示なら、子供達はライオンだけでなく、ウサギやカバも描く可能性が出てくる。

つまり、

動物って何がいたっけ?
→いくつか候補が出る
→候補の中から一つを選ぶ
→描く

と言ったように、実際に描く対象を決定するまで、かなり考える幅が増えた事になる。以下の画像のように考えるとわかりやすい。

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この図のように、階層が上がるにつれて指示に具体性が無くなっていく。つまり、『生物』や『何でもOK』と質問の具体性を落としていけば、

考え始める地点がゼロに近づく。

子供達に与えるテーマやレベルに合わせて、課題の具体性をコントロールすることで、子供達が決める領域を増やす事ができる。

他にも、例えばサッカーのトレーニングをする時、サッカーグラウンドではなく近所の公園でやるでもいい。

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地域の公園にはもちろん、サッカーゴールも、カラーコンも無い。公園という広いスペースを見渡して、

 
どっちを縦にしよう?
ゴールはどうしよう?
ラインは何で決めよう?

など、普通のサッカー場では当たり前に存在したモノをゼロから考え、作り出さなければならない。その結果、

チャリゴールを開発したり、
水でラインを引いたり、
公園の形に合った新ルールを提案したり、

限りなく‘‘ゼロ’’から、様々なモノが作り出される。

そして、そうした経験を重ねた小僧が道端に小さな空き地を見つけた時。『ほほうこの空き地、あそこにあれを置いて、あれを移動させれば素晴らしいスタジアムになりそうだな』と、気づけば周囲の大人が全く思いもつかない視点で物事を捉え、無限にアイデアが出せる大人になる。

周囲から見れば全くわけのわからない活動も、本人の頭の中にははっきりとその設計図が作られる。周囲の人間に左右されず、確信を持って道を歩いていく事ができるはずだ。


とにかく自分で考える。絶対に得があるぜ。

先日、サッカースクールCCFのトレーニングマッチがあった。

試合には負けたものの、前回のゲームからたった2ヶ月しか経っていないとは、とても思えないような変化に、自分も含めゲームを見に来ていた全員が驚かされた。

こいつらいつの間にこんなに上手くなったんだ??と。

試合に負けた悔しさはあるものの、きっと、CCFに関わる選手、スタッフ、保護者、全員にとってハッピーなゲームになったと思う。『この調子でどんどんうまくなろうぜ!』と、チーム全員が勢いづいた日、そんな日になった。 

もっと上手くなるぞ!と意気込んでいる時ほど急ぎすぎない

このこと自体はとても嬉しい出来事だけど、奴らを応援する俺達は、この成長に浮かれて『もっともっと!』とトレーニングを加速させる必要はない。

確かに、短期間にこれほどの進歩が見えたのだから、この調子でやれば、奴等はしばらくは順調なペースで成長してくれそうだ。

しかし忘れちゃいけないのは、『このメニューをやれ』『はい!』と、アイツらが大人の言うことを素直に聞くほど、サッカーの技術(正確に言うとボール扱い)は向上し、自分で考える力は失われる。という事。

『次はこのメニューだ!それができたらこのメニューだ!』

そうやって選手が上手くなる方法を、全てこちらから与えてしまえば‘‘与えられたモノをクソ真面目にこなして覚える’’といういわゆる『単なる良い子』が育つ。奴らが昔の日本に生きるならばまだいいが、今後は『言われた通りにできます』タイプにはかなり厳しい時代が予想される。だから、

大人の言うことをただ真面目に聞くんじゃなく、

とにかく自分で考えろ。
自分で上手くなる方法を見つけろ。


長い目で見れば、今後どんな進路に進んだってそっちの方が絶対に得がある。素直に言うことを聞くことで自分で考えるチャンスを棒にふるな。練習で『上手くなる』事よりも大事なのは、自分で上達法を見つけ、その道を歩いていく‘‘知恵’’を身につける事 。

選手の成長における矛盾。お前はどっちを選ぶ?

サッカーを指導していて残念に思うのは、『言うことを聞かせる』と、『技術が上がる』は、おおよそ比例関係にある事。

インサイドキックができない子も、コーチがスパルタで教えこめば、かなりの確率で改善が見込める。一方で『なぜ上手く蹴れないと思う?』といった難易度の高い問いから始めれば、選手自身が考える時間は増えるが、実際にスキルを習得するまでには多くの時間を要する。

”習得が遅くなっても、
自分で考えるトレーニング”

こんな練習をチーム単位で行えば、『練習が進まなくて今日はあんまり上手くなりませんでした』なんてことも頻繁に起こりうる。でも、それは自分の頭で物事に向き合えば必ず通る通過点。だから大いに結構、何も問題はない。

‘‘サッカー人生’’
という長いスパンで考えれば、必ず自分で考えることができる選手が勝利を手にする。確かに、‘‘考える練習’’は30日後、1年後、どれだけ上手くなったか?という短期勝負にはかなり部が悪い。しかし時間が経てばわかる。最終的にどっちが得だったのかが。

例えばプロサッカー選手になりたい小僧にとって、来月超上手くある事と、15年後超上手くある事。

どちらの方が重要なのか?

当たり前だけど、『大人』であるプロを目指すなら、答えは後者になる。

 

いや、早くからエリートのレールに乗った方がたくさんのチャンスがある!前者の方が有利だ!

 

 

一応こんな反論にも答えておくと、 

『早熟が得なのは昔の話。時代が進むほどその傾向はどんどん弱くなる』という事になる。 

確かに、情報の移動が発達していない時代の選手は、早熟型の方が得が多かった。理由は簡単、昔は選手とスカウトの出会う機会が少なすぎるため、若いうちから上手い選手を囲って、自称‘‘トレセン’’というエリートシステムで一部の選手だけを育てた方が楽だった。

でも今は違う。

今後はセミプロ、アマチュア選手が自由にサッカー市場を行き来し、これまで正規ルートとされていたモノとは全く別のルートでプロ選手になる。そんな選手が大量に登場してくるはずだ。

自分をプロデュースし、自分、もしくは安価なエージェントを使ってプロクラブに売り込む事ができる時代。

選手として最も脂ののった年齢になった時、一定の水準以上の実力を備えた選手ならば、いつどのタイミングでもプロサッカー選手になれる。 (と言うかこの話はサッカー界に限らずどこの業界でも言える)

必ずそんな時代になる。

例えば、先日日本代表に初招集された加藤恒平も、その前兆の一つに上げていい。 彼は日本では全く無名の選手で、海外のテストを受け周り、外でひっそりとサッカー選手をしていた。

そんな選手が日本代表にまで目をかけられた。別に加藤が‘‘稀に見る珍しい選手’’だったわけじゃない。サッカー界も他業界同様、そーいう時代に突入したというだけの話。

すごい選手が現れたのか。
すごい時代に突入したのか。

答えは間違いなく後者だ。

今後は上達のルート、目指すべき場所へのルートを自分で見つけ出せる選手が、どんどん逆転現象を起こしていく。

そんな未来を生きるならば、子供の頃にサッカーがめちゃ上手い子より、サッカーに深い情熱を持ち、自分で自分の道を開拓できる力を持った子の方が、はるかに大きな可能性を持つのは火を見るより明らかだ。

つまり

だから、選手が若ければ若いほど、『これをやっときゃ上手くなる』みたいなベルトコンベア的練習で今すぐ超上手い選手になるよりも、

とにかく自分で考えろ。考える力を磨け。

コーチの練習メニューのおかげで上手くなるな。監督のおかげで試合に勝つな。作戦が上手く行った時、『狙い通り』とニヤリとするのはお前達であれ。と、俺はそう思いながらCCFをやってる。

『いくら何でもそりゃねーだろ』と思うかもしれない。でも、やっとけば将来確実に得するぜ。

CCFの選手達は言う。

『サッカー選手になりたい』
『寿司屋の店長になりたい』

なるほど、何にでも自由になればいい。ただし、お前達自身の力でな。

奴らが卒業する時、うちのスクールから何人名門クラブに入ったとか、地域選抜に何人入ったとか、マジでどうでもいい。(そもそも『〜に2人入団させました!』とか、お前が抱えてる選手は何人だ)

そんなことより、
実力はそれぞれ、しかし夢を叶える知恵は全員に備わったはずだ。と、自信を持って言えることが、俺が俺自身に定めた合格基準であり、成功の定義だ。

それを自信を持って言えたなら、俺は指導者として『この代は大成功だ!』と、胸をはるんだろうな。と、そう思う。

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写真は昆虫マニアの健一郎。 

様々な生き物採集のポイントを記した”夏の宝の地図”を作る。

(現在はクワガタを一緒に取りに行きたい!という方のみ募集しています)

今年ももう7月、いよいよ『夏』に突入です。

そして、世界唯一のチャレンジ専門店”厚木チャレンジャーズシティ”の『夏』といえば、今年で3回目となるクワガタプロジェクト!

(クワガタプロジェクトとは)

厚木市に住むクワガタハンター達がクワガタ採集を行い、集めたクワガタを本厚木駅前で無料で子供達に配るという活動。 2015年に始まったこの活動は今年で3年目を迎える。

(昨年の写真)
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この時期になると、厚木市に散ったクワガタハンター達は仕事の合間を縫って、いや、クワガタ採集の隙間をぬって仕事に向かう日々を送ります(笑)

(スーツで森に突撃する男)
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(3メートルの虫取り網を操る男も出現!)
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また、昨年集まったハンターチームには、‘‘原田隊長’’という国王レベルのハンターが紛れ込んでいたため、僕も昆虫採集レベルがとんでもなく向上しました(笑)


(原田隊長)
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厚木のタウンニュースさんでもクワガタプロジェクトを紹介していただき、当日は沢山の方(総勢300名)がクワガタを捕りにきてくれました。
 
(当日、300名の方がクワガタをゲットしに来てくれた!)
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2017年バージョンは
大きくスタイルが変わります

今年も6月に入り、『今年もそろそろクワガタプロジェクトだな!』と考え始めた時、僕の脳裏に一つの疑問が浮かびました。それは、
 

クワガタの飼育は、やはり採取とセットでやった方が面白い。無料で配ることによって、『採集』というヤバイ楽しい経験を奪うことにもなるんじゃねーか??

 そう、クワガタの飼育も楽しいけど、地図を広げて『奴らはどこだ??』と、森を探し回る『採集』はさらにエキサイティング。これこそ夏の醍醐味! 

去年のハンターチームなんか、クワガタプロジェクト終わってんのに『必ずミヤマをゲットせねば』って、大人子供全員で山梨まで遠征しましたから、、、

だから、今年の小僧共には単に貰ったクワガタを育てるだけじゃなく、

自分で捕まえる。

という体験を味わってもらいたい!そんなわけで、早速今年はサッカースクールのメンバーなどを中心に、子供達を色々な所へ連れ出しています(笑)

(モクズガニを探しに行くCCFのメンバー)
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カニ、ウナギ、クワガタ、何でも探しに行く!


クワガタに限らず、町を抜け出し自然の中から生き物を探すのは、大人になった今でもめちゃくちゃ面白い。

だから、今年はクワガタ配りません。

配るのではなく、

子供達のクワガタ採集をサポートする。

それが今年のプロジェクトのテーマ!
具体的に何をやるのか、見ていきましょう!


生き物ハントのポイントを示した、
"夏の宝の地図"を作り上げる!

今の時代、初心者その辺の森にバナナを仕掛けたくらいで採取できる程、クワガタ採集はちょろくはありません。昨年のプロジェクトでも、『何回も森に出向いたんですが、取れませんでした、、、』という保護者の方が、たくさんクワガタを取りに来てくれました。  

ならば。

昆虫、魚達をはじめとした、厚木市の生き物採集ガイドブックを作成し、希望者に無料で配布してみたらどうだろう!?『自分達でクワガタを獲るぜー!!』というモチベーション高き小僧達の挑戦を手伝う事ができる。

自然の多く残るここ厚木市。今でもポイントをしっかり抑えればまだまだ沢山の昆虫達をゲットする事ができます。

そのポイントを記した、
宝の地図を作る!
 
どん(完成イメージ)


幸い、厚木には生き物ハントを趣味とするおじさん達がたくさん生息していますしね(笑)ふふ彼らの力を集結させれば、とんでもない地図が出来上がる事間違いなし!
 
いろんな人が集まって厚木市専用いきもの採集ガイドブックを作る。それが今年のクワガタプロジェクトです! 


早速運営チーム募集開始!

というわけで、まずは『厚木市内生き物ポイントマップ』作成を手伝ってくれるメンバーを募集します。

『夏の宝の地図作り、、なんか面白そうだぜぇ』という方!俺達と一緒に生き物ガイドブックを作りませんか?

我らが作った地図を机に置き、『さぁどこに行こうか』と、家族会議が行われる。そんな夏が出来たら最高でじゃないですか!?

 

毎年昆虫採集に奮闘する小僧共に『これを使え、どん!』と手渡す。人間の人生こんなにかっこいい事はねー

 
もちろん今回のプロジェクトも、俺自身の単なる思い付きであり、ただの趣味であり、ただの遊びです。しかしだからこそ本気が出せる。その理由はもはや説明するまでもないでしょう!

というわけで、夏の宝の地図の作成『なんか面白そうだ!』という方!以下のフォームよりメッセージをください。

あそこにクワガタいたぞ!でも、
クワガタ探しを手伝うぜ!でも、
何かしら協力したい!でも、

参加方法はなんでも構いません。 

まずは一つのテーマに対して『面白そう!』という人が集まる事に意味がある。初めての方も遠慮せずに是非『えい!』と手を挙げてみてください!

プロジェクト参加希望はこちらから!(チームの募集は終わっていますが、引き続きクワガタを探しに行きたい!という方は募集しています!

*名前


*メールアドレス


質問やメッセージ

.

力を合わせてトンデモネー宝の地図を作りましょう!!

それでは!参加者の招集を楽しみに! 
(クワガタプロジェクト2017詳細)
 
活動テーマ:厚木市周辺のクワガタ、カブトムシなど、様々な生き物の採集ポイントマップを作る。
募集対象者:『さぁいこうかぁー!』という熱き魂を持った人
参加費:無料
運営チーム募集期間7月15〜7月19日23時59分
 

『成功を感じる!』と今日も元気に胸を張る。

以前、ただやってるやつじゃ相手にならない。という記事の中で、『どう考えてもCCFは成功する』と書いたわけだけど、そういえばこの『成功』の定義をしっかり言葉にしておくのを忘れていた(笑)

というわけで、今回はCCFなりの『成功』の定義、書いていこうと思います。

世間における‘‘成功’’は 、『大きくなる』という事らしい

『サッカースクールを成功させたい』という表現を使うと、さぞ土肥はCCFを大きな組織に育てたいんだろうな。なんて印象を持つかもしれない。

でも、活動の規模なんてのは、練習で紅白戦ができるくらいの人数がいれば、後はなんでもいいと思ってる。そんなことより、

サッカースクールに関わる全ての人達が、どれだけCCFの活動に充実感を感じているか?毎週の活動を楽しみにしているか?(サッカーが上手くなるのは当たり前として)

これをどれがけ高いレベルで満たす事ができるか。それが、俺なりのCCF成功の指標だ。

全国にスクールを作ったり、組織の規模が大きくなると、確かにその活動には『成功してるな!』という雰囲気が漂うかもしれない。

でも、よくよく考えてみると、全国展開する事で選手達が受ける恩恵なんて、実はあまり多くは無い。(各地域で試合ができるくらい)

選手達一人一人の成功を考えれば、実は事業規模なんてのは奴らの成長にはなんら関係が無い事に気づくし、それどころか、人数だけをやたら増やしすぎて、スタッフの手が行き届いていないスクールが沢山あるくらいだ。

大きくなる事が、
サッカースクールの成功なのか?

広告を打ちまくってゴリゴリと集客する派手なサッカースクールほど、自分のスクールの成功の指標は何か?もう一度考え直す必要があるはずだ。

俺自信、はっきり言って規模なんてものはどっちでもいい。大きくてもいいし、小さくてもいい。どっちにしても目指すモノを追う事はできるからだ。

『流れに任せる』という言葉は俺は嫌いだけど、この事業規模に関しては、まさに流れにお任せする予定です。

CCFは成功しているのか?その是非は身内が決める


どれほどCCFの活動に充実感を感じているか?そしてどれだけ楽しみにしているか?

 
という成功の指標を持つという事は、CCF成功の是非は選手、スタッフ、保護者、つまり身内が決めるという事になる。

じゃあ、現在はどうなのか?

外から見れば総勢14人の小さなサッカースクール。 でも、俺達スタッフは既にこのCCFに限りない成功を感じ始めている。理由は簡単。現在、選手や保護者の方々に『ウチのスクールが地域一だ!』と、そう感じてもらえている自信があるからだ。

誤解の無いように書いておくと、CCFはまだまだ発展途上で、目指すべき場所はまだ先にある。未完成限りない状態だ。

でも、ココまできたら合格なんてゴールは永遠に無いのだから、成功の指標はいつもCCFの今、この瞬間の振る舞いや、組織から漂う雰囲気の中にある。

解決すべき問題は沢山ある。

それでも、俺達は今CCFの活動に大きな充実感を感じ、毎週の練習が楽しみで仕方が無い。だから俺達は、選手14人の小さな組織でも、『成功を感じる!』と今日も元気に胸を張る。

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写真は選手達と平塚でカニ獲り。

今週も、もっと楽しいサッカースクールへ!

夢に対する向き合い方は、子供も大人も変わらない。

現在何を目指すわけでも無く日々を淡々と生きている人。と、『自分はこうなるんだ!!』と、動き始めた始、もしくは始めようとしている人。

夢や目標について、現在の同世代にはこの2パターンのいずれかが該当している事が多い。

夢の一切ない前者はまぁ説明の必要はないとして、後者の動き始めた、もしくは始めようとしている人には『頑張れ!!』と応援したい気持ちがある。

でも現実は、こういったやる気になっている人のほとんどが2年後にはもう何もしていない事が圧倒的に多い。夢を持つ大人のほとんどが、ちょっとした挫折でやめていってしまうんだ。

だから、2年後も同じモチベーションでいてくれたら嬉しいな。と、今はそれくらいに感じるくらい。ちょっと夢を語られた時点では『どうせ2年後にはやってねーだろ』と、思ってしまう自分がいる。

いつから夢は半年で叶うものになった?


スポーツでも、趣味でも、仕事でも、夢はなんでもいいんだけど、大人が人生の進路変更を決意し、実際にその夢に向かって舵を切り始めると、何故か超短期間の間にその夢を叶えようとする。その人が現在会社員なら、小、中、高校で基礎学力を身につけ、大学で専門分野に磨きをかけ、ようやく現在所属している会社にたどり着いたはずなのに。

大人になると、皆短期決戦にこだわる。

今になって人生の進路を大きく変更するのは、年齢的な余裕が無いというのももちろんわかる。でも、それは完全に本人の都合でしか無いじゃん?何に挑戦するにしたって、多くの時間をかけた方が有利になる。そんな事は誰だってわかるはずだ。

大人になってからの夢の叶え方も、子供の夢の叶え方も、やり方自体は変わらない。高校受験を控えた子が、塾に入って『来年東大に受かるくらいの学力になりたいんです』と主張したら、俺達はどう思うだろう?

不可能じゃ無いかもしれ無いけど、
もう少し長い時間で考えないか?

と、そう説得するだろーな(笑)

言いたい事は全く同じ、人生をこれまでと全く違う方向にひん曲げたいと思ったのなら、『半年計画』ってのはちょっと短すぎる。

とはいうものの、時代的な恩恵もあって、この『半年計画』の成功率がかなり高まっているのもまた見逃せ無い事実だ。でも、それでも、半年で上手く行ったらラッキーすぎてどうなってんの??ってくらいの確率である事は変わらない。

センスの無い俺はサッカーで1試合3万円の契約を取るまでに18年かかった。会社を初めて20万円の給料を得るまでに4年。日本でやってるチャレンジャーズシティだってもう3年目だ。

でも、これでも、俺は全然『遅すぎてだめだ』なんて思って無い。全ての活動にとてつもない程の歳月がかかっているけど、今あるこの状況に、『ラッキーだったな』とすら思う。

だから、

半年での激変を目指すのも悪い事じゃ無いけど、5年以内に達成できたら大成功!

ってくらいの心構えで夢を追い始め無いと、『半年で夢かなえようぜ選手権!!』じゃあほとんどの夢が夢のまま終わってしまう。5年、諦めずに頑張ってみてくれ。大人の持つ夢は半年、または一年計画が殆どなんだから、5年あれば、かなりの確率で周囲より優れた何かを作る事ができる。

俺は今、サッカースクールCCFで子供達にサッカーを教え、『本当にプロになりたいなら〜』という話をする事もある。その時奴らに話す夢との向き合い方、それは大人になった俺の夢との関わり方と、何も変わらない。

3歩進んで○歩下がる。下がる量はなるべく少なく。

人生でやってみたいこと、達成したいことは沢山ある。多分『これだけできれば満足!』なんて場所には一生たどり着かないと思うから、とにかく走り続け少しでも多くのことを成していきたいと思う。

そのためには、平等に与えられた24時間という時間を、どれだけ効率よく使うかってのももちろん大事だけど、小さな成長を得る事自体は、別にそんなに長い時間を必要とするものじゃない。例えば本を一冊読んだだけでも成長を感じることはあるし、シュートを100本打てばその日の内に小さなは変化『成長』があるはずだ。

でも、大きな意味でのステップアップってのは、半年、いや、一年に一度感じることができれば万々歳。小さな成長は1日あればできるのに、それを積み重ねるとなると、なかなかうまくいかないのは、やはり‘‘3歩進んで2歩下がる’’という奴のせいってことか。ちい

例えば、サッカースクールで子供達にリフティングを教えると、その日の内にかなり大きな進歩が確認できるし、その日の内に自身の最高記録を作る子も普通にいる。

でも、その後一週間ほど時間を空けて、もう一度同じ課題に挑戦させると、当然一回目から先週のように上手くはできない。場合によっては『先週の練習は一体何だったのか』と、完全に練習前に戻ってしまうことだってある。

俺達も、普段から学んだことを全て記憶に定着させることができていたとしたら、一体どれほどのスーパーマンになれるのか(笑)やっぱり、一度習得したはずのモノの多くは、時間が経てば無かったことになってしまう。2歩下がるわけだ。

この下がる分は、どうあがいてもゼロにはできない障害だ。でも、この『下がる分』を毎回どれだけ小さくできるのかが、あらゆる活動の成長スピードの鍵になるんじゃないか。

どのみち、せっかく一度覚えた、習得したモノを忘れてしまうのは超もったいねーからな。

復習が足りなかった。

子供の頃、『今日学校で勉強したことを家で復習しておくように!』と、先生がよく言っていたけど、俺は、

あんなこと言って実際に今日の復習をする人なんているのか??

と、半分ばかにしながら眺めていた。でも今になって思うのは、学んだことの復習をしないのはくっそ大損だ。と言うか、物覚えの悪い自分は、何を学んでもしっかり復習に時間を使わないと、ほぼ完全に記憶から消える。

‘‘何かを得た気になる’’という満足感はとりあえず脇に置いておいて、実際に何が残ったのか?自分に問うと、これが結構なーんも残ってなかったりする。この現実に『終わったー!』となることがしょっちゅうだ。

だったら、俺は次!次!とどんどん進んで行ってしまう癖があるけど、次の場所に行く前に、昨日はどんな道を通って何を学んだんだっけか?と、昨日を振り返る時間も同じだけ大事にした方が後々得が多そうだぞ。

このことに気づいて以来、最近は結構ちゃんと復習らしき行いをやってるよ。

人に話す。
もう一回同じページを見る。
同じトレーニングをする。

昨日をササッとなぞる。そんな事をするようになってから、『あらゆる活動においての積み重ね、そのスピードが上がったっぽいなぁふふ』と最近感じる。それは、成長スピードが加速したんじゃなくて、『3歩進んで○歩戻る』の○の部分が少なくなってきたから(たぶん)。

今後も、この復習技術をもっと高めていけば、どんどん戻る歩数を小さくできそうです。そうすれば、きっと人生で挑戦できることも増えていくはず!

忘れ無いようメモ

ただやってる人じゃ相手にならない。

ブログを始めた当初は、まだアルバイトをしている状態だったから、このブログタイトルはある意味信念でありながら、『情熱があれば飯は食えるはずだ!!!』という願いでもあった。

当時『情熱があれば飯は食えるはずだ!!』と信じ続けた自分に、『その通りだ!!!』と良いねボタンを連打したいと同時に、

『情熱がある仕事を貫けば、多くの同業者は相手にならない』とすら、今なら自信をもって言える。

多くの同業者は、目の前の仕事になんの情熱もない。

今年に入って一つ大きな挑戦として、"サッカースクールの立ち上げ"を行った。スクールコンセプトは自分の頭で考え、決断し、行動できる選手の育成だ。

設立の準備段階、様々なサッカースクールのホームページや、練習を見に行く機会があったけど、割合多くのスタッフさん達からは、教育、つまり仕事に対する情熱があまり感じられなかった。

これは社会経験が長い人にとっては当たり前すぎて『いまさら?それ普通でしょ』といった感じかもしれない。でも、外部の会社とあまり付き合いをせずに仕事を行っていた俺にとっては、驚きの発見だ。

サッカーコーチというのは、当然サッカーの指導を生きがいとしている人達がやっているんだろう。

本気でそう思っていたから。

でも、実際に蓋を開けてみれば、単に"嫌いな仕事をするよりはマシ"という理由で、多くのサッカー経験者がコーチ業を行っていた。

以前見学に行ったあるサッカースクールでは、低学年の指導など誰にでもできると思っているらしく、僕がサッカーの格好をして立っていただけで、『うちでコーチしませんか?』と笑いながら話しかけてくるスタッフまで、、、、

もちろん、『お前はアホなのか』とは言わず、うまく笑顔でかわしたわけだけど、結構衝撃はデカかった。

その他にも、

『今年は上手い子を引っ張れなかったんで弱いですね!』

お前は本当にコーチか。


『今度練習見に行っていいですか?』『いいですけど、うちの練習微妙ですよワハハ!』

コーチはお前だろ。

もちろん偶然もあるんだろうけど、本当にこんな事が続いた、、、

情熱を持ってやってるヤツが勝つ時代

今回の例のように、世の中に存在するほとんどの仕事は、なんの情熱もない人達がお金という理由で仕方なくやっているみたい。だったら、情熱を持って本気で取り組めば、どう考えたってその活動は上手く行くはずだし、適当なものばかりが目溢れているこの世の中に、大きく貢献する事ができる。

ビジネスという活動においては、当然「競争」と言うものは意識しなければならないけど、お金の為にやってる連中なんて平均レベルのサービスしか作れない訳だから、競争なんてあって無いようなもの。

例えば、Challengerscityfootballの公式サイトでは、サッカーがうまくなるのは当たり前、重要なのはその他に何を授ける事ができるのか?と書いてますが、それはサッカー事態を軽視しているんじゃなく、

他のスクールと比べてサッカーが上達する事は、もう当たり前すぎる事なんだから、書く必要もないと言う事。『比べてください』とはまさにこの事。むしろ、サッカーだけでいいんですか?というくらいに俺は思ってます。

そもそも多くのスクール系サービスは、単にビジネスとして運営されている事がほとんどであって、教育という土俵で競争は行われていない。

だから、そもそも教育力で勝負できるはずがないでしょ。

だから、ちゃんと「教育」に情熱を持っていれば、そしてそんな人達を"スタッフ"として集める事ができれば、絶対に上手くいく。(もちろん教育の質という意味で) 

この話は、もちろんサッカースクールに限った話じゃなく、別になんだっていい。

どんな分野で勝負しても、自分が誰よりも情熱を注ぎ続ける事ができれば、それだけで沢山の人が喜ぶ"何か"が生み出せるし、その活動は上手く行く可能性が非常に高い。

それが、お金の事ばかりが重要視される、大人の世界の特徴。

以前は、情熱を持つなんてのは仕事を始める上での前提だと思ってた、けど、実際蓋をあけてみて、

熱き情熱がある。これだけでとんでもない競争力になるということがわかった。

俺は2011年、『情熱で飯は食える』というタイトルでブログを始めたけど、どうやら2017年現在、情熱を持って仕事に取り組むと飯は余裕で食えるらしい。

最近は働き方に悩む同世代が増えてきたようにも見える。だったら、給料とか待遇とか、そういったオマケは脇に置いておいて、とにかく自分が没頭できる、永遠にやっていられるようなモノを是非仕事として選択してみてくれ。

サービスの素晴らしさという意味で、いやぁ、どう考えても負けないでしょう。と、それくらいに感じれる様になるし。それが、俺達にさらなるやり甲斐を与えてくれるから。